あれはオーナーのzioがイタリアの古都シエナで暮らした最初の年、たぶん1996年の初夏のころのことでした。
語学学校の先生から教えてもらったオステリア(簡単なおつまみがある大衆的ワイン食堂)でパニーノを注文した際、後に友人となるオーナーのファビオにこんなことを言われました。
“Ma sei americano?” (お前はアメリカ人か?)
まだイタリアに来て3カ月弱だったため会話のキャッチボールがうまくできない状態だったこともあり、予想外の角度からの返球にまごついた記憶があります。
文脈的には、パニーノに何を挟むか聞かれたので、生ハムとチーズとトマトと答えたことに対しての彼のセリフでした。
自分ではパニーノの絶対的な定番具材だと思っていたその3点セット。しかし、彼曰くそんなのは(食を知らない)アメリカ人が頼むもの。どうしてもトマトが食べたければ、(美味いものを知っている)俺たちイタリア人ならドライトマトを挟むけどな、と。*カッコ内は筆者の意訳
アメリカ人への偏見は持ち合わせていませんが、そんな風に言われたらイタリア式を頼むしかありません。そこでドライトマトでお願いすると、パンはロゼッタ(ゲンコツみたいな形のパン)がいいだの、チーズは長期熟成したペコリーノ・スタジョナートがいいだの、生ハムは地元シエナのものが合うだの、パンの内側の白いところは取り除いたほうがいいだの、いろいろややこしい訳です。
ところが、それがびっくりするくらい美味しかったんです。でも、“Ma sei americano?”のひと言が引っかかって、素直に美味しいって言うのが負けを認めるようで悔しく感じたのをよく覚えています。結局は言っちゃいましたけどね。以来、オーナーのzioにとってドライトマトは特別な存在になりました。
こうした背景もあり、BISKEROでは生のトマトの代わりにオーブンで3時間ほど水分を飛ばしセミドライ状態にしたトマトを提供しています。農産物直売所で状態の良いトマトが売っている時期のみの期間限定ですが、ピザの具材として、おつまみとして、隠し味として、自家製セミドライトマトをさまざまな用途に活用しています。